「ストリングラフィ・アンサンブル」 インド、ネパール公演ツアー レポート |
1999年11月21日〜12月3日の約2週間、デリー(インド)、カルカタ(インド)、カトマンズ(ネパール)の三都市を訪れ、コンサート7回、ワークショップ2回の行程で演奏を行いました。ストリングラフィは、各国の人々やマスコミ等に大変好意的に受け入れられました。このツアーを通して、まさに今、この時代に、日本で生まれ、進化を続ける「ストリングラフィ」という芸術表現を認知してもらったことは私達演奏者・スタッフにとって、大変意義深い経験でした。インド、ネパールという、同じ「アジア」ながら遠い存在だった国の歴史や宗教、深く豊かな文化に触れ、人々や子ども達との交流で多くの感動や刺激を受けた事は、より質の高い芸術活動への最高の糧となりました。また、宿泊や現地での移動に関しては非常に快適で、事前に心配した疲労や病気、食事なども関係者の方の細やかな配慮で全くなく、公演をスムーズに行なうことが出来ました。ここでは、私達にとって感動の体験となった公演の様子を、ご報告させていただきます。
【行 程】
- ●IN New Delhi
1999/11/23
シリ・ラーム・センター地下スタジオ(コンサート1回 ワークショップ2回)
1999/11/24
在インド日本大使公邸(コンサート1回)
- ●IN Calcutta
1999/11/27
ホテルヒンドゥスタンインターナショナル内 広間(コンサート2回)
- ●IN Katmandu
1999/11/30・12/3
在ネパール日本大使館レセプションホール(コンサート3回)
【参加者】- 制作:八重樫みどり 舞台スタッフ:栗原清
演奏者:水嶋一江、小池千尋、井上 丸、篠原元子、中村菊代
【New Delhi編】
- 11/23 シリ・ラーム・センター地下スタジオ
<ワークショップ>
インド人の小中学生、日本人学校の小学生、小中学校教諭、父母、その他、(総勢50人)の観客を迎え、水嶋一江が英語及び日本語で説明し、通訳のマンジュシュリーさんがたびたびヒンディ語に通訳して下さることで公演は進められました。
まず、ストリングラフィ・アンサンブルの演奏、“春”(作曲:アントニオ・ヴィヴァルディ)を聴いてもらうと、初めて見るストリングラフィに子どもも大人も一様にびっくりして不思議そうな表情。次に小中学生全員に、ストリングラフィに触れて、実際に音を出す体験をしてもらうと、予想外に大きな音がして興味をひかれた様子でした。
楽器に慣れたところで、いろいろな音色―――小鳥のさえずり、蛙の鳴き声、雨垂れの音、を出す方法を説明し、子どもたちも挑戦してみると、なかなかセンス良く弾き分けていて私達演奏者の方が感心させられました。今度は糸をはじいて太鼓のような音を出す練習をし、子供たちのはじくリズムにのせて、インドのポピュラーな映画音楽“ジュテ デド ペセ レロ”と、“メラ ジュタ ヘ ジャパニ”の2曲を共演しました。知っている曲をストリングラフィで聴いたことで、子供たちもこの新しい楽器がぐっと身近に感じられたようでした。“ジュテ デド ペセ レロ”は事前に、インドでポピュラーな曲なので是非ストリングラフィで演奏して欲しいとリクエストをいただいてプログラムに取り入れたもの、“メラ ジュタ ヘ ジャパニ”は当日通訳に付いて下さったインド人のマンジュシュリーさんが教えて下さった曲です。
一通り演奏体験を行った後、ストリングラフィの仕組み―――どうして絹糸と紙コップで大きな音が出るのか、調弦はどのように行うのか、を簡単な実験を使って説明しました。理屈が分かったところで、調弦されたストリングラフィで“キラキラ星”の演奏に挑戦してもらいました。どの子どもも興味津々で、ほぼ全員がやってみたいと手を上げてくれたのが印象的でした。結局インド人3人、日本人3人に皆を代表して演奏してもらうことにしました。階名はインド式に“ササパパダダニ…(ドドソソララソ…)”と合唱し、ストリングラフィを演奏した子どもも、一緒に歌った子どもも、アンサンブルのメンバーも、一体となって多いに盛り上がりました。
最後に季節にちなんで“クリスマスソングメドレー(赤い鼻のトナカイ、おめでとうクリスマス、ジングルベル)”を演奏しました。この頃には子供たちもリラックスし、知っている曲を一緒に口ずさんだり、手拍子でリズムをとったりして、楽しく音楽に参加していました。
- 二回目のワークショップでは、内容は第一回目とほぼ同じものでしたが、参加人数が少なかったことと、全員がインドの伝統音楽を専門に学ぶ小学生、小中学校教諭等(約20人)音楽を専門に学んでいるということもあり、たいへん密度の濃いワークショップとなりました。子どもたちはインド音楽独特の精緻なリズム感を身につけていて、いったんコツをのみこむと、即興でリズムのパートに参加したりと、音楽的にエキサイティングな時間を共有することが出来ました。
ワークショップの後、子供たちが“お礼に今度は僕たちの演奏を聴いてください”と言って、2曲程演奏してくれました。年齢的には小学生ながら、演奏、ダンスともに、成熟した表現力と高度なテクニックには驚嘆しました。生の異文化との出会いに、感動のあまり目頭が熱くなりました。
ワークショップ中、インドの国営テレビの取材がありました。テレビクルーのおじさまたちは全員ターバンを巻いていて、私達は興味津々でした。演奏メンバーの篠原が「ナイスハット!」と話しかけたところ、微笑んでくださったそうです。
<コンサート>
観客はニューデリー市内及び近郊の市民、音楽関係者、文化人、日本関係者、ワークショップ参加者の家族、等、(約150人)でした。 観客の方々にはたいへん興味を持っていただいたようで、一曲弾く毎に、また説明を聞きながら、驚いたり、うなずいたり、感嘆したりしている様子が伝わってきました。特に“越天楽”“荒城の月”といった日本的な曲に対する反応が良かったように思います。これらの曲には、笙、篳篥、筝、太鼓といった様々な楽器の音色がアレンジされており、そのあたりにも興味を惹いたようでした。インドの印象を元にした即興演奏の曲"晩秋”の中で即興的に“ジュテ デド ペセ レロ”のメロディを奏でると、観客の中から一緒にハミングする声が聞こえてきて、とても嬉しくなりました。 アンコールでは“ジュテ ヘ ジャパニ”に続き、インドの国歌を演奏しました。この曲はインドの生んだノーベル賞作家、詩人のタゴールの作詞作曲になるものということで、インドの人々に深く愛されているということを、通訳のマンジュシュリーさんに教えていただいて、コンサート最後に演奏することにしたのです。国歌演奏中は、観客全員が起立の上、唱和するという、愛国心の高いインドならではのたいへん感動的な幕切れとなりました。
- 11/24 インド日本大使館公邸レセプションホール
<コンサート>
観客はインド政府高官、日本語・日本研究者、芸術家、各国外交官等の文化人でした。レセプションホールでは、大理石の空間が「ストリングラフィ」によって、ステージと観客席に2分割され、前日の公演とはまた違い、荘厳な雰囲気を醸し出していました。コンサート中盤では、観客の中からエジプト大使に出てきていただいて、「キラキラ星」の演奏に参加してもらいました。これはあらかじめ調弦された1本の糸を観客が弾き、その糸の様々な部分をメンバーが押える事によってメロディが弾けるという簡単な仕組みのものですが、ただ1ヶ所を弾くだけで現れるメロディに本人も観ている観客もびっくりし、初めて見るストリングラフィがぐっと身近に感じられたようえした。このコーナーが終るやいなや、観客から質問が続出し、盛んに意見の交歓が行なわれました。各国の方々が日本からやってきた初めて出会う楽器に大変興味を持たれた様子でした。
【Calcutta編】
- 11/27 ホテルヒンドゥスタンインターナショナル内広間
<コンサート>
1回目コンサート(観客数約90名)音楽学校学生、日本語学校関係者など、2回目コンサートでは、カルカタ日本領事館総領事夫妻、領事館職員と家族、現地文化人、音楽関係者、有識者等(観客数90名)の観客を迎えました。まず水嶋のベンガル語の挨拶に会場が和みます。音楽学校の学生など若い人が多く、目の当りにしている未知の楽器との出会いに強い興味を示している様子が伺えました。冒頭、「春」の演奏中に小鳥のさえずり声の部分では場内に小さなどよめきが起こりました。途中の体験コーナーでは、希望者が多く、天井から床に30本程張った参加用の糸で30〜40人の観客がミニワークショップを体験しました。これによって演奏が身近なものに感じられたのか後半は終始リラックスし、インドの曲の演奏では、特に親近感を感じたようでした。
【Katmandu編】
- 11/30・12/1 在ネパール日本大使館公邸レセプションホール
<コンサート>
大使館のホールの中に、大きな三角形を描くように張り巡らせた糸が観客を取り囲み、観客はその巨大な楽器の中に入り込んだ状態で、コンサートを楽しみました。観客は100人位、ロイヤルネパールアカデミー・コイララ副総裁、小嶋大使夫妻、ネパールの音楽グループ「スルスダ」のメンバーをはじめ、音楽家、日ネ友好団体、文化団体、外交団、大使館文化担当者などの方々に見ていただきました。
初めは、未知の楽器に、少し緊張気味だった観客も、小鳥のさえずり声から始まるヴィヴァルディの“春”の調べに驚き、音のする方向を探したり、演奏者の動きを見つめたりと、真剣に、興味を持って聴いている様子が伝わってきました。カトマンズをイメージした即興演奏の中に、インドの映画音楽“ジュテ デド ペセ レロ”のメロディーがでてくると、若者達には「おっ、この曲!」という反応があり、隣りの国インドの文化がこの地にまで浸透していることを目の当りにしました。最後に、ネパールの曲“レッシャンフィリリ”を弾くと大きな反応があったのが印象的でした。この曲は、在ネパール大使館の方から事前に、教えていただいたネパールのポピュラーな曲の一つで、実際、カトマンズの街で何度も耳にしました。“レッシャンフィリリ”とは、「絹が風にそよぐ」という意味だそうで、偶然にも“絹糸を使って身体全体で演奏するストリングラフィ”にぴったりの曲でした。
コンサート終了後、「(演奏している姿が)踊っているようだった」「初めて見てとても驚いた」「音楽とダンスと美術が同居していて3次元的に楽しめた」等という感想や「設置するのにどの位かかるのか」「何時間位練習するのか」等の質問が飛びだしました。お客様の反応をすぐに知ることが出来たのは、嬉しいことでした。
最後になる3回目の公演では、立ち見がでる程の盛況ぶり。特に、在留邦人の方は“お祭りマンボ”や“荒城の月”に喜び、“赤トンボ”では涙ぐむ方もいて、音楽の力、魅力というものを改めて感じました。また、この日の朝に訪問した「スルスダミュージックアカデミー」の生徒を始めとしたネパールの学生の方もたくさん来ていて、初めて見る楽器とそこから紡ぎ出される音に、聴き入っていました。そして、最後に弾いた“レッシャンフィリリ”には、観客全てが盛り上がり、大合唱のフィナーレとなりました。
- ネパールを発つ日の早朝、車で二時間くらい山に登って、ヒマラヤの遠景を臨みました。2週間の公演を無事に終え、神々しい山々を前に、今回の公演にもたらされた神様の祝福に深く感謝せずにはいられない思いでした。
以上、今回のツアーで私達、ストリングラフィ・アンサンブルのメンバーは言葉で言い尽くせない程の貴重な経験をさせていただきました。また、このように公演のご報告ができる機会が得られるよう、この貴重な体験を胸に更なる研鑚を積んでいきたいとメンバー一同考えております。 (編=小池千尋)